こんにちは、わが子を高校入学後に苦労させてしまったカズミィです。
偏差値70を超える難関高校に合格する方々は、中学に入る前から準備をすると言われますよね。難関私立高校の受験では、中学校の勉強だけでは解くことが難しい問題も出題されるからです。
公立の中学校は何も悪くありません。でも、キレイごとでは現実を語れないことも事実です。
難関高校に通う子どもたちは、公立中学の3年間では学ばない部分をすでに修学し、もっと先へと知識を深めてから入学しています。今はすでに、大学の付属校に入れば簡単に大学に行けると考える方は、あまりいないのではないでしょうか。
うちの子が進学塾に通い始めたのは中2の夏で、難関高校を目指し始めたのは中3になってからでした。応援はしましたし合格ももちろん嬉しかったのですが、どう考えても準備不足で入学することになります。
早めの準備をしなかったために、受験も入学後も厳しい道のりを歩むことになりました。
もし入学後の不安が少しでもあるのなら、合格してからも安心せずに入学準備を始めてください。
今回は、学校に溶け込むことは出来たのか、そして周囲との大きな差を埋めるために何をしたのかをお話しますね。
難関校に入学してからの苦労
難関校に入ってからの状況
成績が一気に下がります
うちの子が入学した高校の同級生の中には、入学時にはすでに高1の学習が終わっている生徒さんもいるようでした。
授業の進み方は想像以上に速いです。
高校在学中に大学の授業を取り入れることもあるし、将来の仕事を見据えて実践力をつける授業も盛り込まれることもあります。
わが子は入学してすぐに、テストは合格点ギリギリ、赤点ありという状況に追い込まれました。
お呼び出しに応じて学校へ
入学してしばらくすると自主退学者が数人現れました。最初だけではありません。進級するたびに少しずつ人数が減っていくのです。高校生でも留年があり、留年回数の決まりごとなどもあります。学校からのお呼び出しに応じる親も大変です。
わが子はなんとか留年を免れましたが、先生からのお呼び出しによる3者面談では、テストの必要点数を細かくチェックすることなどを教えていただきました。「本当についていけるの?」と、最初からヒヤヒヤしました。
学校での子どもの環境
子どもが学校に溶け込めた理由
私の心配とは裏腹に、うちの子は良い友人たちに恵まれて楽しく過ごしているようでした。あっと言う間にキャラを変えて周囲から助けてもらっていたのです。
中学校時代に先生方からの信頼を得た出来る子のイメージを捨て去り、自分の現状をあっさりと受け入れて出来ない子キャラに変わっていました。
こんな状況ですが、中学ではオール5マイナス1(残念ながら4がひとつ)という好成績をとっています。お伝えしたいことは、難関校にはこういう子がたくさんいるということです。
現状を受け入れることができた理由も経験があったからです。小学生の頃、周囲の友人たちよりテストで良い点数をとっていても、通知表の成績が良くありませんでした。頑張っても結果が出ない経験も、できない子キャラの経験もすでにあったのです。
もしかしたら、うちの子にとっては中学生の頃がちょっと特別で、本来の自分の立ち位置に戻ったという気持ちでいたのかもしれません。
思い返してみると中学生の頃よりも生き生きとしていたし、自由で楽しそうでした。
付属校の穏やかな校風の中にある厳しさ
子どもの同級生の皆さんは親切で、落ち着きのある子が多いように感じました。とても穏やかでアットホームな雰囲気です。
苦労をしたはずなのに、うちの子は高校が大好きでした。私自身いつ思い返してもふっと笑顔になれる素敵な学校です。
付属校では、ある一定の成績をとっていれば推薦で付属の大学に進学することができます。
でも、推薦をもらうことは決して簡単なことではありません。一定の成績をとり続けることができないと、ほかの大学を目指すことになります。
そして授業は進学校のように入試に重点を置いたものではありません。
2倍の努力をする理由
追いつく努力とその先への努力
周囲との遅れを取り戻すためには半端な努力では間に合いません。短期集中で個別指導や家庭教師にお世話になりました。
塾や家庭教師にかかったお金は合計100万円ほどなので、予備校に通うことを考えればとても少ないと思います。
ただ、中学生のときのように友人たちと楽しく通塾していた頃とは状況が違いましたから、とても苦しかったと思います。同級生がすでにいる場所まで追いつく努力をしつつ、支えてくれる友人たちと一緒にその先の目標に向かって努力をしなければなりません。やることや覚えることは日々増え続けます。
私はこの時期、自分の至らなさを痛感していました。子どもの資質というか気質というか、そういうものに早めに気づいてさえいれば、そして準備をしてあげていれば、しなくてもいい苦労をせずにすんだはずです。
泣き言を言わなかった理由
子ども自身、最初のうちが一番きつかったと思います。それでも泣き言を言わなかったのは、私の将来を切り取ってしまったという自負があったからだと分かっていました。
でも、子ども自身が、付属の大学を目指すためにこの高校を選んだのです。目標を見失わないために、最初の約束どおり心を鬼にして甘い言葉をかけませんでした。
後悔はありませんでした
入学してから苦労をしたのに子どもは全く後悔をしていませんでした。
たくさんの写真が残っていますが、学校生活を含め、友人たちと出かけたりイベントに参加したりしながら、楽しそうに笑顔で過ごしていたようです。
学校の雰囲気の中にある努力を続ける環境のようなものに守られていたように感じます。頑張るとき、羽を伸ばすとき、それぞれ良いタイミングでメリハリのある環境ができていました。
良い環境の中で素敵な友人たちや先生方にも恵まれたことによって、遅れを取り戻しつつ諦めることなく前進できたのだと思います。
難関校を目指す可能性があるのなら
早めの対策を立ててあげてください
うちの子のような苦労を避けるためには、小学生の頃から難関校を目指す方々と足並みを揃えるなど、色々な意味での環境を整えてあげてください。
努力をしたいと思う人が努力をすることは、決して悪いことではありません。カッコ悪いことでもありません。ありきたりのキレイごとになってしまいますが、努力は無駄にはなりません。
「できない」とか「知らない」ということに気づくことが出来るのは、努力をして知ろうとした人だけです。
進学塾の先生から直接聞いた話から考えると、通常では小学4年生、遅くとも中学入学の準備をするコースから入塾が必要だったようです。
環境を整えるために塾に通うことが絶対に必要かと言うと、必ずしもそうとは限らないと思います。ただ、私のような素人には進学塾は力強い味方でした。
母も少し変わります
子どもの高校に行くときに私が着る服と持ち物を、早めに用意しました。公立の小中学校に行くときの服装と、うちの子が通うことになる高校では、保護者の服装や持ち物が異なることを耳にしていたからです。
全て買うのは大変なので、洋服や靴は持っているものとの組み合わせを考えて選びました。バッグもいくつか用意しましたが、学校からもらうA4サイズの封筒が入るものが便利で活躍します。
外見を気にした理由は、学力面では準備不足の我が子が入学してから苦労をすることを分かっていたからです。さらに私のせいで嫌な思いをさせたくないと思いました。そして私自身、保護者の皆さんの中に溶け込むことができるのか不安だったこともあります。
嬉しい誤算ですが、子どもの高校のママ友とは楽しく長くお付き合いを続けることになりました。
まとめ
子どもが志望校を選ぶタイミング
子どもが行きたい学校を選ぶタイミングは計れません。我が家でも、難関高校を目指すことが早くから分かっていれば、環境になじめるように学習環境を整えていたはずです。
無事に大学への進学ができたのは良い先生方や友人たちに恵まれたから。そういう意味では、子どもが「どうしてもここに入りたい」と思った感覚は正しかったのだと思います。
準備が遅くてもなんとかなる場合もありますが、うちの子のように大変な思いをするかもしれません。入学までにできる限り準備を整えておけば、安心して進んでいけると思うのです。
我が家の失敗談が、少しでもお役に立てたら嬉しいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。早めに準備をしていなかったことを反省しているカズミィでした。
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